治る病と治らない病の一考察-運命

おそらく、今の私が持っている情報の中で医療系の本当の最先端は、ドイツの「振動医学」です。

さすがに、骨を折った人ですとか、切り傷を負って血を流しているとかのいわゆる「急患」に対しては対応不可能なのですが、じわじわと進行する、生活習慣などからくる類いの慢性疾患に対しては、多少時間が掛かるけれども素晴らしい効果が出ています。

ところが、ありとあらゆる手を尽くしても、助かる人と助からない人が中にはいるものです。

長い間ガンの患者さんを取材してきたジャーナリストの方が言うには、「ガンを発症したというイベントを、今までの自分の生き方の何らかの無理や過ちに気付くための機会だったと肯定的に捉えて生き方のスタイルを変えたヒトに、生還した方が多いと思う」とのこと。

それも1つです。

もう一つは、どうもご本人が「そういう人生をデザインして生まれてきた」という他なさそうな事例もあったりします。

「守護霊の計らい」といえば良いでしょうか。例えば、僕がごく一時期お世話になった、真光教団(まひかりきょうだん)で語られていたエピソードなのですけれども、こんなお話がありました。

抱えてる難病がなかなか治らない人がいて、その真光教団の教祖のところに出向いた。そして、『てかざし』による浄霊を何回も受けたのだけど、一向によくならない。

何故私は治らないのかと問うたところ、教祖は

「命がない」

とだけ答えた。訳が分からなかったので憤って帰ってしばらく教団とは距離を置いていたのですが、そうこうするうちに第2次世界大戦が勃発。

その人の周りは皆、健康だった人は徴兵されて帰らぬ人となったが、その人は病気持ちということで使い物にならないと判断されて日本にとどまれたのだと。

そして、終戦を迎える。

そうしたら、たちどころにその人の病気は快方に向かって、人生を全うできたのだそうです。

ホント、不思議ですね。

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