人の頭脳・能力とワークライフバランス

人の頭脳の能力にも色々あって、記憶力が良い、頭の回転が速い、記憶力が良いのもテキストデータのようないわゆる暗記に強いのか、直感像素質(ちょっかんぞうそしつ:想起したものがまるで画像のように目の前に現れる能力)を持っているのか、瞬発力が強いのか、持続力が強いのかなど、色々なバリエーションがあります。

Enishiの場合、

頭の回転自体(パソコンで言うならCPUのクロック数です)は恐らく、極めて平均的か、若干遅いかくらいだと思っています。

記憶力も、極めて平均的か、若干悪いくらい。

直感像素質:なし

瞬発力:かなり低い。ディベートとかをやると痛感する。「その場ですぐに」言い返すということが極めて苦手。終わってから「あのときああ言えば良かったのに」と沢山出てくるので始末におえない。

持続力:この能力が突出しているのが、恐らく僕を日本の国立大の最高学府にまで導きました。『かなり』粘り強く執念深い。高校に通って、19:30~23:30までの4時間の勉強を月曜日~金曜日 土日は朝6時~9時の三時間と、19:30~23:30の4時間で合計7時間を勉強で過ごすと言うことを、現役+浪人1年の合計4年間、丸々続けたという、もはや強迫神経症並みの持続力を持っています。定期試験までには問題集を3週、丸々解いてから臨むモノだから、もう解法を暗記しているので数学すら暗記科目なのではないかと思うくらいでした。

学生の一時期、こんな風な勉強スタイルをとっていたというのは別に誰から批判されるものでもなくて苦学生かくありといった具合なのですが、この能力の特性というのは、当然本人の持ち味として社会人になってからも続くので、そこで問題が生じます。

世の中は、どんどん労働時間を短縮していく方向に動いています。しかし、求める結果は今まで通り、それは決まった時間の中でより大きなパフォーマンスを出すということなのですが、僕のような頭脳の特性の人間は、クロックと記憶力が乏しい分、『反復と時間で補う』というスタイルになるため、必然的に残業が増えてしまうことになる。(学生時代は勉強時間がブラックだったということになります(笑))

となると、学生時代の努力の仕方ににも何かレギュレーションめいたものが必要になってくるんだろうかとか思えてくるのです。もてる全ての時間を勉強にだけ投じる、というのは反則、的な。

おそらく、僕みたいな能力の特性を持った人間が、学歴だけで判別されて何かの仕事を任されるときに、ビジネスの世界はかなり時間が限られてくるので、期待と結果のアンマッチを産んで双方に不幸な結果になってたりするんじゃないかと思うのですね。逆に、記憶力が良い、頭の回転が速いという特性の頭脳の人は、多少学歴に難があったとしてもビジネスの限られた時間の世界ではかなりの成功を収める可能性があります。

学業についても、「限られた学習時間の中で結果を出す」的な判定が必要になるのかなあ?と。

学部時代の最初の数学の授業で、教授の先生が言った言葉を思い出します。

「大学受験の数学ができたという程度の人間が、自分は数学ができる、数学の才能があるなどというプライドを持っていると、下手におだてられてその道に進んだ結果、とんでもなく不幸になる。ですから、私の授業は、99%の人間に「可」を付けます。ただ授業に来てさえいれば、テストを受けさえすれば落第はさせません。安心して下さい。上位1%の本当にできる人間にだけ、「優」を付けます。この人達以外は、数学の世界になんて絶対に進まないで下さい。この授業の目的は、才能の無いあなた方のプライドを完全にへし折り、妥当な進路に導くことです。」

今思うと、彼のとったスタンスは極めて妥当だったと感じます。独立採算になった国公立大学が、自分たちの都合で博士を量産した結果、とんでもない不幸なオーバードクターが溢れてしまっているので。

突き詰めると、遺伝子診断から分かるおおよその能力と、だからこそ進むべき、幸せになれる可能性の高い職種みたいなのが確率論的に導き出されて、そのアジェンダに則って粛々と人生を送るというような時代がくるんだろうか?(=ω=)って思います。

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