姿形を変える、生活保護。

古賀茂明さんの本を読んだ際、「公共事業はもはや現代においては形を変えた生活保護に過ぎない」と述べられていました。それと同じような現象が、掲題の本においても語られていたのでお披露目です。

結局の所、犯罪を犯す人というのは「経済的に追い詰められて」います。その日の食事が取るためのお金がなくて仕方なく強盗に走るという至極直接的なものから、親の経済事情からまともな教育を受けることができず、社会に出たはいいもののまともで安定した生活のできる職につくことができず、という経過を辿る中で反社会的な勢力の中の職業しか食い扶持がなく、それが逮捕につながり・・といった具合です。

生活保護という制度が諸々課題だらけということは皆さんご存じの通りで、これの受給をなるべく減らそうと国も躍起になっています。徐々にですが要件も厳しく、額も減らすという方向になってきている。ところが、どれだけ極悪な犯罪者であり、身寄りがあろうとなかろうと、絶対に受入を拒まない、最低限衣食住を提供して「生きていく」ことだけは保障してくれるというのが「刑務所」です。これは、生活保護やら補助金やら、他の公共サービスが提供する経済的な支援とは一線を画す性質です。

経済的に困窮してしまう人達が一定の割合でどうしても生み出されてしまい、その人達が結局刑務所に落ち着くことになり、その運営費が結局の所かかるのであれば、彼らが刑務所という追い詰められた、そして矯正しづらい状況に至るまえに、何らかの別の形で生活を保障しておいたほうが安上がりなのではないか、という考え方もあっていいのではないかと思うのです。(ヨーロッパの国々で試験的に導入されつつある、「ベーシックインカム」というのがそれです。)

必死こいて働かなくても、「とりあえず生きていくことだけは保障されている」という世界は不安とは無縁ですよね。

そんな世界を、私の目の黒いうちに実現します。

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