『天風先生座談』宇野千代著より

ドイツの世界的な大哲学者であるカントのことが書いてありました。

カントという人はドイツの小さな宿場町(ケーニヒスベルグ)の貧しい馬蹄屋さんの子供に生まれたらそうですが、気の毒なことに、ひ弱で喘息で今にも死にそうな子供だったそうです。

それでも、17歳くらいまでは毎日苦しい苦しいと言いながらも死なずに生きていました。

ある時、年に2,3度しか来ない医者がその町にやってきたので父親は「どうせ駄目だろうが、苦しさだけでも軽くしてやろう」と医者の所へ連れて行きました。すると、医者は「どうしようもない。生まれつきだ」というのです。ところが、その時の医者の一言がカントを、あの世界的な偉人にしてしまったのです。

では、医者はなんと言ったか?カントの顔をつくづくと見ながら、

「気の毒だな、あなたは。しかし、気の毒だな、というのは、体を見てだけのことだよ。よく考えてごらん。体はなるほど気の毒だ。苦しかろう、それは分かる。けれども、心はどうでもないだろう。心までこんなにひ弱でゼイゼイ息を切らしているなら別だけれども、あなたの心はどうでもないだろう。苦しい辛い苦しい辛いと言ったところで、苦しい辛いが治るものでもない。言えば言うほどよけいに苦しくなるのなら、苦しい辛いというのはやめて、心の丈夫なことを喜んだらどうだ。体はとにかく、丈夫な心のおかげでなんだからそれに感謝したらどうだ。そのことをよーく考えてみなさい」

と言いました。そこで、カントは家に帰ってじっと考えました。もともと明晰な頭脳の持ち主ですから、「そうだ。あの医者の言ったとおりだ。医者は“心まで患っていないことを喜びと感謝に振り替えろ”と言ったけれども、俺は今まで苦しい辛い苦しい辛いとばかり言っていた。心が丈夫なことを喜ばなければいけない」と考え方を変えたのです。そうしてそういう気持ちで数日が経つうちに、苦しさが今までとは違ってきた。そうなると、心が本当の自分なのだろうか、体が本当の自分なのだろうか、心と体とどっちが本当の自分なのだろう。という疑問が湧いてきて“よし一つそれを考えてみよう”という気持ちになったそうです。

そして、それが発端となって、世界の大哲学者への道が開かれたそうです。中村天風氏は「何事も考え方一つである。窓を開ければ明るい光が入ってくる。それを自分から窓を閉め切って自分の人生を暗くして生きるのでは、本当にもったいないではありませんか。どんな辛いことがあろうとも、どんな悲しいことがあろうとも、すべてがこの自分をもっと高い心の境地に引き上げるための神様の試練だと考えて、それを喜びと感謝をもって受け止めていったらどうだろう。どんなことが起ころうとも、こんなことでは負けないぞ。俺の心の中は永久に喜びと感謝でいっぱいなんだという気持ちで生きていけば、その結果どうなるか。必ず、安心といきいきとした幸福に満たされることになる」と本の中で述べておられました。

カントのように、考え方一つで病気がよくなるのは勿論のこと、人生までもがよくなるようですね。

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