勉強は、若い時期に打ち込む努力としては非常にコスパ(費用対効果)が高い

エニシも実は、最終学歴は東京大学だったりします。高校三年間と、浪人の+1年で合計4年間については、それはもう血の滲むような努力の期間だったなと記憶しています。月曜日~金曜日は、学校から帰ってきて風呂に入ってメシを食べたら、19時30分~23時30分までは勉強。一科目一時間×4本という内容です。そして土日は、午前6時~9時の3時間を勉強、夜は平日と同じく19:30~23:30の4時間勉強で合計7時間という、とんでもない時間数の勉強量をこなしていました。(ほかにすることがなかったのかよって(笑))

ハッキリ言って、そのときに得た知識で社会人になって何か役に立っていることがありますかと問われると、ほぼゼロに近いですとしか応えようがありません。

しかし、では勉強なんてしないほうが良いのでしょうかと言われるとそれは絶対に違って、学生時代(特に高校まで)の学業というのは、

・自分の今のレベルがここにある

・自分が目指す理想のレベルはここにある

・そのギャップを埋めていくのに、こういう努力が必要である、だから地道に毎日それを埋めていく

この一連のサイクルがとっても分かりやすい、日々の努力がテストという形で測定しやすくてモチベーションも維持しやすいトレーニングが、「学生時代の勉強」なのです。この一連のサイクルは、勉強でもスポーツでも、あるいは社会に出てからの仕事でも確実に出てきますし、その努力ができるという忍耐力が培われているという証拠が、つまりは学歴という形で現れるのです。

生き方や進学の手段としては他にも色々なものがあって、スポーツが得意な人はその推薦で進学したりとか、お笑いが好きだということでフリーターになってお笑い芸人を目指して全力で打ち込むというのもあります。ところが、私がいままで30年以上生きてきたなかで関わった人達で、残念ながらこういった「人と違う生き方」で成功できた人はいません。結構、悲劇的な結末のものが多いです。

中学校から高校に進学するタイミングで私の同級生には、マラソンの推薦で進学した人が二人、バドミントンの推薦で進学した人が二人、サッカーの推薦で進学した人が一人いました。しかし、高校1年の際に怪我をしたか何かの理由で結局レギュラーを勝ち取れず、かといってすぐに学業にシフトして打ち込めるだけの能力も・・(スポーツ推薦で入るとその学校の学力レベルと乖離した状態で入学してしまうことも多い)ということで結局中退やらなんやらということに陥り、大学時代に同窓会で会ってみたらばもう、激太りした自暴自棄のオジサンのようになっていたりということでショックを受けたりしました。

こうしてみると、学業というのは費用対効果の高い、努力の向け先だと思うのです。反面、スポーツの世界やアートの世界は、常人離れした才能と運にも左右されるので、一部の華やかな人達がいる背後にはその数万倍という人数の挫折して、悲しい状況になってしまった人達がいるのです。このあたりは親御さんがしっかり説明しないといけないところだと思うのですよね。

『常人の域の能力』を持って生まれてきた人は、勉強が無難な、かつ最も自分の人生の質を最大化しやすい努力の向け先なのだと思うのです。

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コメント

    • とある投資家
    • 2017年 7月 17日

    本当にそう思います。
    私は「何で勉強なんかしないといけない?」と思い、ろくに
    勉強しなかった馬鹿者で、管理の仕事をやっていく、
    知識と知恵が備わらなかった為、今は肉体労働です。
    高校の偏差値も35ですから。。。

    親にこういう諭し方で言って貰いたかったですが、私もかなりの反抗期で
    聞く耳持たなかったなと悔やまれます。。。
    しかし、何とかしないといけないので、ビルメンで食べていけるように、
    資格勉強を再開しました。
    本当、勉強を沢山しとけばよかった。

    ただ、良かったのは頭は悪かったけど、不良にはならなかったし、投資には出会えたのは良かったのかなと思います。

      • shipowner_admin
      • 2017年 7月 17日

      投資家さん
      コメントありがとうございます。承認させて頂きました。
      ホントにね、勉強は99.5%くらいの人には、極めて費用対効果の高い投資だと思うのです。

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