労働者と経営者の対等な契約。

でっかい会社から小さな会社まで10の会社を見て回ってきたこと。そして欧米の企業文化を書籍で学んだ範囲で予想できることは、これから日本の労働というものも、欧米流の「労働者と経営者が対等」のモノに変わって行くだろうということ。国が成熟していくことによって教育が行き届き、権利意識といったことが浸透してタダの上意下達的なコントロールが馴染まなくなっていくのです。

マイケルムーア監督の映画で、アメリカから仕事などでフランスに移住した人達が、「どうしてフランスには他の国が羨むような社会保障制度などが整っているのだろうか?」という問いに対して言っていたのは、

「しっかり国民の声を聞かないと革命が起こって国会議員も公務員も、自分たちの身分が危うくなるということなんか歴史を見て明からだから」ということでした。搾取を始めれば国民は黙っていないし、だからこそ続かない。そしてそうならないように四六時中監視しているのだそう。

誰かに雇われているという身分で生計を立てている人々皆さんに言いたいことは、経営者という人間は社会保障のたとかの善意で人を雇っている訳ではなく、純粋にそうしないと「利益を生み出せないし増やせない」からこそ人を雇っているわけです。別にこれは経営者を責めている訳ではなく、経営者は従業員が存在しなければ経営者たり得ないし(一階建てのピラミッドを見たことがあるかい?)基本的に指示は出しますが本当の意味では独力では何もできない人々です。

1ヶ月のサイクルで、投資した金額に対して30%の利益を出せるというビジネスモデルが存在し、創業者がそれを一人でやってみたらば、1000万円の出資が1300万円になって戻ってきたとする。では1億円を投資したら・・となるわけですが、本当に純粋な金融商品の投資でもない限りはこうはいかなくて、モノを作ったりといったプロセスを経る事業を拡大するためにはどう足掻いても1人ではできなくなるわけです。

そこでその経営者は、1億円を投資したら3000万円が戻ってくるということを目論んで、10人の従業員を雇って会社を作ります。自分がやったのとまったく同じビジネスをやらせる訳ですが、ここで雇った相手には歩合制ではなく、固定の月額給料だけを渡すようにします。おまけに、どこにいくら掛かっていて、という資金の流れと利益率は従業員には隠しておく。

こうすると、10人でやった事業には目論見通り3000万円の利益が出るわけですが、出た利益の配分を

自分:元本に対して25%分(つまりは2500万円)

他の従業員:十人に対して50万円ずつ渡す

こうすることで、10人の従業員は確かに生活ができるだけの金額を貰えているのでそれなりに満足して働き続けることになる。しかし従業員が決して贅沢な暮らしができる金額でない範囲でガマンしながら頑張っている傍らで、経営者はべらぼうな金額を懐に入れているという構図が出来上がるわけです。

これが、資本主義という仕組みのもとで行われている企業という仕組みのほぼ99%に当てはまる構図です。

自らリスクを負って会社を作った経営者の勇気は賞賛されつつも、この「一部の人間がものすごい金額を収奪している」ということにはもっと注目すべきで、逆に経営者に自覚して貰いたいのは、「自分の贅沢は支えてくれている従業員のおかげ」であり、一人ではどう足掻いてもなしえないことを被用者の助力によって達成しているということ。

しかし、末端の従業員のこなす仕事が誰でもできる軽易なものだった場合には、「代わりがいくらでもいる」ということで従業員は圧倒的に不利な立場に置かれます。この辺り、経営者が自分を神か何かと勘違いする原因です。

「キャピタリズム」という映画で、経営者から末端の従業員までみんな対等な金額で働いていて、それが存外に上手く行っているというケースを見たことがあるのですけれども、この手の「経営者と労働者の関係の革命」というのが近いうちに起こるのではないかと思います。

 

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