人に優しいモノとサービスを。

企業が各社ともよりエンドユーザーのニーズに則したモノやサービスを競って提供してくれているからこそ、我々の生活はより便利に快適になってはいます。それは事実。

でもふと立ち止まって考えてみて欲しいのは

『これは確かに便利だが、これを実現する為に誰がどういった犠牲を払っているのだろうか?』

ということ。

Amazonのプライム便はその日に届いて便利だけど、プライム会員ならそれは何度指示しても無料。でも「今日届ける」ためにAmazonの倉庫内で繰り広げられる非人間的な労働環境は悪名高い。そんなに急ぎの荷物が、しょっちゅうあるわけでもないでしょう。

値引なんかしてくれなくたって十分安い、飲み屋のランチ定食。会計の度にランチ100円引きのチケットをくれるのだけど、そんなにしてくれなくたって僕はそのお店に行きますし、100円引きのチケットは使いません。アルバイトのおばちゃんの時給を上げてやっておくれ。

24時間営業のコンビニ。これで確かに救われたという経験が今まで35年生きてきた中で1回か2回あったかもしれないけど、昼夜逆転した生活を学生さん達にさせるのは酷だ。夜中に空いてる店が無い⇒そういう時間に起きていても無駄 という社会的な雰囲気を作って、人間として自然の摂理に則った生活を普通に送るっていうのもいいじゃない。

ブラック企業を跋扈させている原因の一つに、「お客様は神様」みたいな風潮があまりにも出過ぎているのではないかと思うのです。提供する側と顧客と言ったってお互い人間通し。「カネが欲しけりゃオレのワガママを聞け」というのではなくて、お互いを尊重したモノやらサービスやらの交換やらができると思うのです。

提供する側の幸せを鑑みて、あまりにも人間への負荷の高いモノやサービスは控える。

そういうスタンスが世の中を明るくすると思うのです。

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