イギリスのEU離脱と反グローバリズム

英国がEUから離脱することが決まり、調べてみると老年層が離脱を、若年層は残留をということを願っていたそうで、ここにもシルバー民主主義(多数を取っている「現役でない」老年層が、数の圧力で未来のある若年層にお構いなしに自分たちの有利な政策ばかりを選択させていく様)の問題が出てるのかなあなどと思いつつも、

「何でもかんでも標準化して、平等にして、自由に、壁を取り払って競争させる」

という世界的な流れにNoを突きつけた1つの意思決定だったのではないかと思います。

地方の小さな経済圏で、独自の通貨が流通していて、そこはそこで限定された範囲で自給自足出来ていて誰も何も不満を持っていないという状況だったところに突然、「他の地域でも使える統一の通貨でこれからはやっていきます」となった場合、通貨が同じであれば他の地域からも買うことができる、同じものが安い値段からそっちから買う、という流れが当然起きる。ここに競争が生じるわけです。勿論競争全てが悪いわけではなくて、生産者と消費者との間に適度の緊張感をもたらして、技術やらの進歩を促す良い面もあるのですが、問題は

「別に競争なんてしたくない人達まで無理矢理参加させられてしまう」

ということなんです。

オリンピックに出場する人は、望んで選手になった人達でしょう。自発的には何の練習もしないでおきながら、ちょっと競技に出てみたらその国の代表になるべき記録が出せちゃったものだから国の方からお願いしてオリンピックに出て頂いているなんていう選手は世界に一人もいないはず(笑)これは、自ら望んで競争に臨んだのだから別に良いのです。

ところが、通貨統合を含む経済圏の自由化というのは、別に競争など頭になくて、ただその地域なりの人達に何か提供できるものを提供し、細々とゆっくりやっていられれば良いという、そこにささやかな幸せを見いだして生きていきたい、それで満足している人達もいるんです。そんな彼らをわざわざ弱肉強食の舞台に引きずり出して、高いとか、マズいとか、出てくるのが遅いとか、遠くに届けられないとか、そんなクレームを浴びせる必要がどこにありますかということなんです。

ある意味停滞した世界がそこには作られるのかもしれませんが、それを望んだ人達が作った世界はそれで尊重してそのままにしてあげれば良いじゃないですかって思うのです。

競争を望まない人達に競争を強いない。

世界にそういう寛容さがあって良いと思います。

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