性欲に秘められたパワー

乙武さんが、5人との不倫を報じられてあーだのこーだの言われているんですが、私としてはこの手の不倫とかって、男性だったらちゃんと家庭にお金を入れているとか、女性だったらバレないようにやるとか、そういう最低限のところを守ってやっているなら別に自由におやりなさいな、というスタンスなんです。

大学院時代に享受から話を聞いて驚いたのが、スウェーデンの話。スウェーデンに出向いたのは他でもない、研究のためなのでそこで有名な教授のところを尋ねたのだそう。話をしている間、横に座っている若い女性がいるので、「この子は教え子の生徒ですか?」と聞いたところ、悪びれることもなく「ああ、彼女だ」みたいな返事が返ってきたそうです(笑)「フリーセックスの国」と呼ばれるだけある。公娼制度(国が管理して運営している風俗サービスです)もあったりと、性の扱いが自由であってかつしっかり管理されていて、という国です。

スウェーデンがこういう国になった経緯はおそらく特殊なものなのでしょうけども、こういう仕組みにしている方が良いことも結構あって

・性産業は非合法化しても決して無くならないニーズであるために、アングラ化して反社会勢力の収入源になる。それが公にみとめて国営とすることで防げる。価格も適性になる。

・これを業として生きていく女性達に、しっかりとした健康診断や、納税の機会を提供できる。

・非合法化したところで、これしか収入源のない女性に、別の保護政策をあまねく提供できる力が国にない以上、それは「死んで下さい」と言うに等しいことになる。

こんなわけで、

「人間はエロい」「無くそうとしても性欲はなくせない」

こう認めてしまったほうが良いのではないかと思うんです。色々とムリがなくて。

ほとんどの文化圏で、エロいことは特定のパートナーと以外のものについては恥ずべきモノ、隠すべきモノとされているけれども、それならばセックスやなら性にまつわることが何故こうも気持ちよく、快感をともなうものなのかという大きな矛盾があるのです。

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