「悟り」の罠というべきか。フラットすぎる感情

肉体と魂を分離する経験(幽体離脱とか、体外離脱という)をして、魂は永遠ということを腹の底から「知る」という状態にまで至ると、死の恐怖は完全に克服できるのですが、今度は人生全体がどうにも、「リアルなゲーム」をやっているような感覚になってしまって当事者意識が希薄になるというか、そういう副作用のようなものがあります。

私、実は左目についてはほぼ失明しているような状態なのですが、左目を失ったときにも、泣きもせず、取り乱しもせず、落ち込むこともなかったんですね。こんなもので良いのかと、自分で逆に不安になったくらいです(笑)

今は随分と「人間側に」戻ってきたというか、これは結婚して娘も生まれて、こういう「守るべきもの」というか自分とは完全に異なる魂と感情を持った「他者」がいることによるものなのかなと自分では思っています。1人で死ぬのは簡単なのですが、僕に依存している人がいるとなると話は別で(笑)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る