神秘や真理は誰のモノ?

史上初の女性のヒマラヤ聖者ということで電車の中の広告でも見かけます、相川さんの本。

私も買って読んでみようと思っているところなのですが、やっぱり聖者になるには、要するに俗世との関わりの一切を手放してヒマラヤの奥地に籠もって何十年という修行を行わなければならないということが分かるだけだったら、それはそれでガッカリなんです。

スピリチュアルな世界で出される予言やら奇蹟やらなんやらが、全然当たらなかったり起きなかったりということに対して、その手のカリスマと呼ばれる人達が度々言うことに

「奇蹟は本当に真摯に求める人達にのみに限って経験できるもの」

というのがあるんですけど、これって私個人はかなり詭弁だと思っていて、その「真摯」ってどうやって測るんですかと。家族も何も捨てて修行に励むから与えられるんですかと。そんなこと求めたら人類の99.9999%くらいは到達不能ではありませんか?と。

例えばUFOの大群がね、別にレーザー光線出して東京タワーを攻撃までしなくとも、東京上空に1時間くらい滞空したという事実を1回でも起こせば、東京なら数百万人が自分の目で目撃できるだろうし、この1回でもって「ああ、人智を超えた何かがある」ということくらい気付くと思うんですよ。そんな簡単なことを、我々の覚醒を待っている神様なのか高次元の知的生命体なのかは何故やらないのか。それくらいの手をさしのべてくれても良いのじゃないかと常々思っているんです、私。

私が、スピリチュアルなことを語るときにヘミシンクやライトアンドサウンドなどとかなり科学的な、再現可能なツールでもって「自ら体験すること」にこだわるのはこれが理由です。一般社会と完全に隔離された、ごくごく一部の凄い人だけにしか到達できないものであったら、地球は救われないのです。(一部の先駆者が到達して、それに大衆が続くことができるならそれで良いのですけど)

わわ 久しぶりにエキサイトしてしまった(笑)

また明日。

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